あるRTWPC達 第7話 大地を知らない少年

「アンクさん待ち」そういう名前のチャットを開いて寝ているPCがいた。
犬耳、赤い皮の首輪、ワニの尻尾…インターネットを自由にできる人なら、
すぐにこのPCが何者かは分かる。シャハルの鏡保持者、チコラブ。
まあ、データベースを開いているので、ネットをやっている人で知らない人はただの間抜けか一匹狼だけである。
─────────────────────────おっと、彼女が今いる場所の説明を忘れていた。
Ragnarok The Worldの中心地、プロンテラ。
正式名称は「ルーンミッドガルド王国首都プロンテラ」と長い。
この町は人気が高く、人も多い。だがそれだけにトラブルも多い。

「…おい、おい!!」火焔魔人の紋衣を着たPCがいた。
「…アシュさん?どうかしました?」チコラブは眠そうな顔で答える。
「テメェを狙って暗殺者が─────────」PCがそう言いかけた瞬間、二人は横に跳んだ。
二人がいた場所の石畳を、爪が抉り取る。
「…ターゲット確認、任務開始」ムナック帽をかぶったPCは、
それだけ言うとチコラブに向かっていく。
「ちょ、君、誰だよ!?」チコラブは壁を使って三角跳びをし、そのPCの攻撃から逃れる。
「嗚呼もう、そう言うつもりだったら…容赦しない!!」
二人が、交差した。チコラブがそれぞれの手に持った銃から煙が吐き出されている。
「任務、失敗…、応援を…要求…」PCはそれだけ言うと消滅した。
いわゆる死に戻りなのだが…その場所が厄介なことに、今チコラブがいる噴水前である。
勿論、ムナック帽をかぶったPCはそこに出現した。
「…」PCは、近くにあるカオスゲートを使いどこかへと移動した。
「やれやれ、物騒な人だなぁ…」チコラブは頭をかいた。

そして、また冒頭と同じ事をしている。
街行くPCは、皆チコラブのほうに目を向ける。
何せ、あんな格好で寝ている、ということは「どうとでもしていい」と取れるほど無防備である。
まぁ、彼女を知っている人は、プレイヤーは男であることを知っているわけだから、襲う輩はあまりいない。
また、もし彼女が襲われたとしても襲った者が返り討ちに遭うのが関の山である。

「あの、チコラブさん、ですか?」童顔のPCが立っていた。
「あ、アンク君。待ってたよ」チコラブは薄目を開けながら言う。
「それじゃ、どこ行きます?下水か、FDか、カオスワードダンジョンか…」
「えと、あの…街めぐり…をしたいのですが…」
「街めぐり…ですか」チコラブが驚いたような表情で言う。
「できれば、歩きでお願いしたいのですが…いいでしょうか?」
「OKですよ。それで、まずはどこに行きます?」
「えっと…じゃあ、ゲフェンでお願いします」
「分かりました。それじゃあついてきてくださいね」チコラブとアンクは西門から出て行った。

晴れた空に銃声と打撃音が響く。
銃声はチコラブの武器から発せられるもので、打撃音は「ミニオンストライク」によるものである。
「…すごい、強いんですね」アンクが口を開いた。
「あははっ、まだ上がいますよ。僕よりも上の人が、ね」チコラブが笑顔で答える
ぎゅむ。何かを踏んだ音がした。何を踏んだのか見ると…
「…ポリンだ」チコラブの足に心地よい弾力が響く。
「…やる?」「あ、はい。やらせてもらいます」
アンクとポリンの戦い…まぁ、ポリンはチコラブに踏まれたことで多少ダメージを受けているようだが…
アンクはナイフを使い、ポリンの体当たりを受け止めてすかさず反撃、更にもう一度攻撃してポリンを倒した。
「よくできました」チコラブがそう言ったとたん、音が響く。
「ジョブレベルアップ、おめ〜」アンクのジョブのジョブレベルが上昇したことを示す音である。
「あ、ありがとうございます」アンクは恥ずかしそうに答える。

ゲフェンに着いた。
「…歩くのって楽しいですね」アンクが口を開く
「え…どういう意味だい?」チコラブは驚いたように訊く。
「あ、僕、実は生まれたときから足が悪くて歩けないんですよ」
「そう…なんだ…。それで、治る見込みはあるの…?」
「…治らないそうです」アンクが寂しげな顔をして呟く。
「…」チコラブは悪いことを聞いてしまったかのような顔をしてうつむく。
ぼんっ、と、何かの衝撃。
「あ、ごめんなさ…」ぶつかった相手は、彷徨う者。枝テロが発生したのだ。
「うわー!!うわー!!うわー!!」一心不乱に銃を乱射するチコラブ。
彷徨う者は、倒れ、消滅した。チコラブは、アンクのほうを向く。
「アンク君!!」アンクは、ブルースライムと必死に戦っている。
─────────────チコラブは、後ろに殺気を感じた。
アンクのほうを見つづけながら、後ろ手に二丁拳銃で連射をかけた。
着物を着た少女が倒れた。チコラブは、その音を聞くと、即座に弾丸を装填。
アンクは、ブルースライムをやっと倒したところだった。
「あの、チコラブさん。ここって、モンスターが出るんですか?」
「違う、モンスターを召喚する道具でモンスターが出てきたんだよ!」
チコラブはそういいながら横の魔雷雲を撃ち落す。
「あの、どうすればいいんですか?」
「僕から離れないで、勝てないと思った敵は僕に任せて」
そういわれるとアンクはチコラブの背にくっつき、チコラブはマンドラゴラとゾンビを同時に撃ち抜いた。
「これで、大体終わった…かな?」
「チコラブさん、あれ!!」アンクが叫ぶ。
────────────────────沢渡真琴がいた。
「…アンク君、僕につかまって。逃げるよ、体力の続く限り!!」
チコラブは、アンクを抱えると漫画のような速さで走った。
「えっ、ち、チコラブさん!?」
「無理!!あのモンスター僕だけじゃ無理!!せめて黒さんかイデモンさんがいれば…」
「呼んだかい?」黒いローブ、仮面をかぶったPCがいつのまにか併走していた。
「よしっ、これで反撃に…」チコラブはブレーキをかけ、後ろのほうを向く。
変わらない距離に、沢渡真琴がいた。
「…アンク君、逃げてっ!!」チコラブのその台詞を封切りに、黒いPCと沢渡真琴が衝突した。
「イデモンさんは、今日は3次職ですかっ!?」チコラブは、黒いPCの援護を行う。
「ああそうさ!今日は「カオスランサー」さっ!!」
「槍技Lv6+パラディンLv3ですか…」チコラブは呆れた表情で銃を撃つ。

「こちら、「カードマンサー・ed」の異名を持つイデモンさん」
「どうも、はじめまして」イデモンが頭を下げる。
「あ、はじめまして」アンクもつられて頭を下げる。
「イデモンさんって、どんな人なんですか?」
チコラブの表情が曇った。
「この人はねぇ…闘技場で弱いプレイヤーをいじめまくってる人」
「何だよ、チコラブくん。人が悪人みたいな言い方し…
ポリンがイデモンの顔面に直撃した。
「…イデモンさん、あなた、自分がやってることを忘れてるんですかねぇ…」
威圧感が辺りを包む。とても濃く、アンクは後ずさりをすることしかできない。
「大体、彼らの運が悪いんだよ。もっといろんな人がいるときにやらなくっ…
「おい、いい加減にせえよ…?アンタさんのおかげで、俺の仲間が迷惑こいたんよ…
 それ以上口答えする気なら容赦無しで行くで…?」
…辺りを凍りつかせるような殺気とともに本性が出た。
関西弁に妙な単語が混じっているのが、本来のチコラブである。
「あ…え…ち…チコラブさん…」アンクが冷や汗を幾筋も垂らしながら口を開く。
「あ…、ごめん、素が出ちゃった♪」この一言で、殺気と威圧感が消滅した。
「…チコラブさんって、本職は…や…の付く人…ですか?」アンクは恐々訊いた。
「や、普通の男子高校生ですよ?」チコラブはあっけらかんと答えた。
「だからこんなに怖いんだ…」イデモンが口をはさむ。
「…いい加減にしないと凍らしますよ、イデモンさん」チコラブは殺気をちらつかせて言った。
…本気でやりそうな勢いである。というかチコラブが修羅の如き顔になっていた。

「さ、ここがアルデバランだよ。ここでは槍が売ってるから、槍使い系ジョブをやりたいんだったらここで武器を買わないとね」
「…なんか、すっごく危なかった気がします」アンクは言った。
「ま、キラーマンティスとかかなり強いからさぁ…」

「ここはフェイヨン。光属性の武器を持っているんだったらここの北のダンジョンで経験値稼ぐのが一番効率がいいよ」
「あの…良かったんですか?ボスモンスターを倒さなくて…」
「いいのいいの、気にしちゃ駄目だよ。それに、最近はあんまりとどめさせないからさ…」
「あ…ご、ごめんなさいっ」アンクが頭を下げた。

「で、ここがドゥナ・ロリヤック。…大丈夫?アンク君」
「はぁ…はぁ…、何とか…」
「ここら辺は高地だから酸素薄いか…」
そのとき、風が吹いて、チコラブのセイントローブをめくった。
「ら…あらら。やっぱインナースーツにセイントローブだけってのは無謀かな?
 一応、大きい目のサイズのを装備しているんだけど…って、アンク君?大丈夫?」
「すごい…強烈でした…」アンクは鼻血をたらしている。
「あはは、これやってる奴は男だから鼻血出されても…ね」チコラブは苦笑いしながら呟く。
「…あなたね、チコラブって言うのは」チコラブの真後ろに、女性が立っていた。
「はい、そうですけ──────────
その瞬間、チコラブの目には空気を切り裂きながら襲い掛かる鈍い刀身があった。

銃が火を吹く音と、刃物が空を切る音が、辺りを包む。
「さっさと…死ねぇっ!!」女性は、ソードメイスをチコラブに叩きつけようとする。
「ちょっ…なんで、こんな、事を…!!」かわしながら、木の枝や木の葉が集中しているところを撃ち、目くらましにする。
「アンタの、せいで、私の、友達が、何度も、デスペナをっ…!!」
「…やれやれ、何を勘違いしているんだか。俺はBOTを狩ったり仲間内でふざけあう以外にPCと戦うのはあまりない」
チコラブは素の性格を出した。それと同時に、えもいわれぬ威圧感が辺りを包む。
「…君の友達は何をしているうちにデスペナを受けたんだ?それを聞かないと…」
「猫耳を…探している…間に…」威圧感の中で動けない女性が口を開いた。
「…それで、どういう方法で?」
「…アラン0069って言うプレイヤーに教えてもらった方法でって言ってた」
「…なるほどね、やっぱりBOTだ。そのアラン0069って言うのは何度も倒したことがあるよ」
「だからって、PKすることは…!!」
「あのな、それじゃあお前さんはどうなんだ?…確かにPKは普通はやっちゃいけないことだ。
 けど、BOTはそれより上の悪。それを何とかするのはPKしかないんだ。
 …毒を持って毒を制す。聞いた事があるだろ?」
「…確かに、秩序は必要よ。けど、あなたの行為は…許せない」
「じゃあ君は、その許せない行為をするわけなんだね?
 PKは、PKだ。BOTであろうが、PCであろうが同じなんだ。
 俺たちはそれを考慮にいれてやってるんだがな」
「…そうね。けど、許せないから…今、アンタを倒す!!」
そして、意識は途切れた…気づくと、見慣れた噴水が目の前に現れた。

「大丈夫ですか?怪我は?」アンクが心配そうに声をかける。
「うん、大丈夫。心配してくれてありがとう。君のほうは大丈夫?」
「はい、大丈夫で…」
「危ないっ!!」チコラブは、アンクを抱え、横に跳んだ。
「あの、また…枝テロ、でしたっけ?」
「そう…みたいだね。じゃあ、僕から離れないでね、アンク君」
「すみません、チコラブさん…」

─────────────────────山の頂上で、銃弾と魔物の断末魔が響いた。