あるRTWPC達 第31話 決死の一発大逆転

「…というわけで。これに懲りたならもう二度と来ないでいただきましょうか」
鼓膜に響く『魔王』の声。眼前のひびの入った壁際に満身創痍で座っている。
そして、その『魔王』に、二人の少女が治療行為を行っている。
「チコラブさん、喋らないで下さい!…ほら、また血。かなり吐いてるじゃないですか!」
腕を伸ばせば届く距離。その距離が、詰められない。
弱点をつき、行動パターンを全て把握した。負ける要素はなかったのだ。
だが今、こうして現に負けている。後一撃と言うところまで追いつめておきながら。
「もう、心配したんだよ?死んでたらどうしようって…
 何もあんな無茶な事をしなくたって、勝てていたんじゃないの!?」
…残念だが、それは無理だ。その言葉を代弁するように、『魔王』が言う。
そう。時間停止の対策だって行った。だが、この有様である。
敗因は、…ただ単なる、油断。それだけだった。

「いやあ、最近BOTが多いこと多いこと…適当なワードのカオスワードエリアにも居るとはねぇ…」
「あんなの入力していくのチコラブさんぐらいだと思ってましたよ」「確かにね」
プロンテラに例の三人娘。ふと、カオスゲートに目をやる。
…男が出てくる。「…やれやれ、まさかここでおっぱじめる気かい?『調停者』どの」
三人が臨戦体制をとる。「勿論そのつもりだ。だが、一般プレイヤーを巻き込む気はしない」
「ぱふぇ、リフィール…はなれてて」だが、二人は『魔王』を護る形で動かない。
「あのね、チコラブさん…リフィール達、もう巻き込まれてるって分からないの?」
「そうですよ。もう私たちは、チコラブさんの巻き込まれている事に片足を突っ込んでいるんですよ!?」
「…仕方が無い」瞬間移動。二人がカオスゲート前に取り残され、二人は噴水の向こう。
「えっ…!?」「チコラブさん…!!」

「…」「さあ、さっさとやろうじゃないか」そう言いきり、『魔王』の髪が銀に輝いていく…!!
だが、妙な感覚がプロンテラを襲った。「!?」指が、足が、肺が、雲が動かない。

──強烈な破壊音。

「げほっ…!!」『魔王』が、トレジャーハンター協会の壁に打ち付けられていた。
そしてそのまま距離を詰めていた『調停者』の連続攻撃。
「くっ…!!」銀髪化を諦めて防御に徹する。(ラグ…!?一体、何故!?)
激戦の隙間に入った思考は、均衡を崩す。今度は、プロンテラ城城壁に叩きつけられる。
「ごほっ…!!」『調停者』が歩いてくる。
「何故、ラグが発生したのか…簡単な理由だ。貴様の情報量は、普通は他のPCとは変わらん。
 だが、貴様が『銀髪化』や『解放』を行えば…それの何乗もの情報量へと増大する。
 勿論、それだけの情報量を想定していないフィールドでは、このようにラグが発生するのだ」
「…くそっ、そういうことか…ったく、あいつも其処らへんの所言ってくれれば…」
「イレギュラーハンターはこのことを知らぬ。貴様に対しての詳細な調査は私だけしかしておらんのだ」
「もう一つ聞かせてくれ」壁にめり込んだ手足を抜く。
「何故このような手段に出るのか?…それは貴様が人間だからだ」
「なるほど、痛い目に遭わせてここから去らせようって魂胆か」「然り」
「んであわよくば抹殺」「それもまた然り」どうにか壁の中から這い出て壁の穴に足をかける。
「剣呑だね。全く…少々見逃してくれたっていいんじゃないかな」
「こい。貴様が私に勝てないもう一つの理由を、教えてやる」腕を伸ばし、ちょいちょいと…挑発する。
「その言葉…後悔するんじゃないよ」「『ディーンドライブ・ロケットスレッド』、か」
壁を蹴った『魔王』はそのまま『調停者』へと一直線に突っ込む!
だが『調停者』はバックステップ、直撃を逃れるが『魔王』は流れるような動きで蹴りを繰り出す!
『調停者』は蹴りを避け、更に下段から襲い来る尻尾を回避して壁の出っ張った所を掴み自分の体を引き寄せる!
「『ウィンタースパイラル』!!」(まずい、攻撃が読まれてる…撃つ前に動かれてしまっている…!!)

『魔王』が、翻弄されている。攻撃がことごとく先に回避され、避け様の無いダメージが蓄積する。
(まずい、冷静さを取り戻すほどの隙が…無い!!このままだと相手の思う壺…)
「喝っ!!」「!!」正拳突きが、まともに直撃する。壁を2枚突き破り、瓦礫を辺りに撒き散らす。
(…やれるだけはやった。後は、奴が…引っ掛かってくれれば)其処まで考えをめぐらせ、血を吐く。
『調停者』が近づいて来る。「…成る程『魔王』、貴様の情報を揃えてなければ私は勝てなかっただろう」
壁のあったところを『調停者』が踏む。
「だがこれで…貴様は終わりだ。散々手を焼かせてくれたが…お別れだ」

「相手が勝ち誇ったとき、既にそいつは敗北している」

その言葉が聞こえた瞬間、とりもちが『調停者』の右半身を包み込む!
「何っ…!!」「粘着弾。流石にこれは読めなかったと見えるなぁ…げほっ」
「この程度、貴様を殺すのに障害にはならん」「それはどうかな?STS『クレイジー・ダイヤモンド』!!」
「無駄だ!貴様が何処に打ち込むか…それももう掌握している!」
左手足で人のような物体の怒涛の連続パンチを回避、相殺していく。

不意に、手が止まる。「…時間切れ。ぅえほっ、げほっ」『魔王』の諦めた声と血が散る音が響く。
「ふ…これで、あがきも終わりか。ならば…引導を渡してやる!」「チコラブさん!!」
少女二人が『魔王』と『調停者』の間に割り込もうと走る。だが…
「う…動かない…!?」『調停者』の腕が、中空で停止したまま動かない。
「あー、うん…時間切れってのはね…クレイジー・ダイヤモンドの能力であんたの腕を…こう、ね。げほっ…」
「馬鹿を言え…元から無いものを、修復できるはずは…!!」其処まで言って、気付く。
「まさか…『バミューダ・アスポート』!!」其処に、二人が到着する。
「そ。げほっ…STSで発動した能力は解除しなくても…また別の動作に移れるんだよね。今気付いたけど」
血を吐きながら喋る『魔王』に、白ポーションや治療魔法をかける少女たち。
「ま…あんたの負け…ごほっ、ごほ…」

「なんだと…まさか、奴までもが『魔王』に下されるだと…!!くそ、早急に会議を開け!!」
暗い部屋に、数人の人影。「ですが、彼は…『この世界を壊すつもりは無い』、と…」
「そんな言葉、信じられるものではない!」男が、机を叩く。
「いいか!あの世界において、奴を追放せねば安寧は訪れん!!」
「果たして、それはどうなのかしら」光が差し込む。女性が、入ってきた。
「私はそれほど危険とは感じませんが」「ふざけるなっ!」また、机を叩く。
「奴が、危険でないという証拠は何処にある?いや、ない!
 奴の行動が周囲の定数を乱数へと変え、既にある乱数は更に拡大され、ベクトルまでもが異常になる!
 これまでの観測結果で、明らかになっている事だ!」
「ですが…ならば何故、彼女…彼…どちらで言えばいいのでしょう?
 ともかく、何故すぐにでも世界を破壊しないか…という事になりますが」
「ふん、人間の苦しみもがく様を楽しんでみているんだろう!とにかく、奴は追放…いや、抹殺すべきだ!」
「すみませんが、彼をどうやって抹殺する…と?ラファールをも下した彼を、どうやって?」
「…確かに。奴はあの世界で抹殺せねばならんが…ラファールが敗れた今となってはどうすることもできんぞ」
「くそっ…何か…何か、方法は無いのか…!?」男が、頭を抱える。途端、何かを思いつく。
「そうか…奴等を、引き離せば…!!」「どうやって?」「ぬ、ぐぐ…」また、頭を抱える。
「『シン』としては…もう、貴方たちは彼に関わらないほうが良い。
 所詮貴方たちと彼とじゃあ役者が違いすぎますから」さらりと言葉を投げつける。
「貴様…それはどういうごぐべっ」…舌を噛んだらしい。
「…落ち着いてください。舌を噛むなんて慌てすぎですって」横でその場に居る者たちが失笑を漏らしている。
「とにかく、どういうことかと問われても…漠然と分かっているだけなので。あしからず」
「漠然じゃあ理由も無いですね。
 まあ、『魔王』や『蒼翼』にばかり構っては居られないとは思いますが、どうでしょう?」
同意を求める男の発言に対し、複数の人間が同意を口にする。
「同意。あんな化け物、俺らの手には負えんっての」「同じく。続けるだけ時間と人員の無駄だ」

「…それにしても。『管理者』はともかく一介のプレイヤーである『魔王』や『死神』にすら劣る『調停者』…
 可笑しいわね。それだけ彼らに力があるのか、それとも…」
「ま、そうぶちぶち言わずに。おかげでこっちの方も動きやすいんだし」
廊下を歩きながら話をする男女。
「確かに。『魔王』は私たちにとって重要な存在だもの。
 私は、また『魔王』と接触するわ。そちらの方は頼んだわよ」
「任せておいてくださいな」

誰にも知られないところで、運命は動いていく。