あるRTWPC達 第30話 魔王は静かに世界を楽しむ

プロンテラを談笑しながら歩く三人の少女…チコラブ、ぱふぇ、リフィール。
何処にでもある光景──殺気が割り込む。
かすかな、それでいて力強い殺気。三人の少女の中で、チコラブだけがそれに気付く。
「あー、ゴメン、ぱふぇちゃん、リフィール…ちょいと用事が出来たんで一寸抜けるよ」「え、チコラブさん?」
「ちょいとお呼ばれ…ったく、厄介ごとばっかり降りかかってくれて困るわぁ」「一人で大丈夫?」
「僕を誰だと?楽勝だよ」「それなら、お気をつけて」「んじゃあ、悪いねぇ」
そうして、少女の輪からチコラブが外れ、カオスゲートへ。

1万HIT記念フィールド。チコラブと、上品そうな男性が立っている。
「やれやれ、ご苦労さんだな…『調停者』。
 ゲーム中にクリエイターが強力な敵として出てくるのはどうかと思うぞ?」
「黙りたまえ、『魔王』。…我等は君を危険だと認識した。アカウントを剥奪させてもらうよ」
チコラブの目が紅く光る。「お好きなように。…ただ、一つ」
「何かな?」「瓦礫の町にも向かってる、か?」腰に手を当てて訊ねるチコラブ。目の輝きは元に戻っている。
「ご名答。冥土の土産はこれくらいでいいだろう?」「十分」
「強制排除信号!」光弾が男の手から放たれ…チコラブに当たる。

──光弾が、通り抜けた。
「な…!!」「あんたの敗因は、俺を相手にした事。…そんだけだ。土産は残していってやる。存分に遊んでろ」
闇から響く声が止むと同時に、闇が奇妙な杖と七色の羽根を持つ金髪の少女を模った。
それを確認し、カオスゲートへと走った…だが、体が或る線から進まない。
「これは…!!」「存分に弾幕(や)ってさしあげろ」
その言葉を確認したかのように、魔力を放つ少女。…少女の声が、冷たく響く。
──禁忌「クランベリートラップ」

──瓦礫の町
「がはっ…」真澄が、石畳を抉る。反対側には、全身を真紅に包んだ女性。
「全く、苦労させてくれちゃって。…でも、これで終いよ?其処の女狐も…ね」
「くそっ…何故…あんたたちが…!!」「彼らじゃあ役不足。ならば私たちが出張るしかないじゃない」
『真澄っ…!!』結界で護られているらしいレーニャ。
「ダメだ…出るな、レーニャ」「出ようが出まいが、こいつを消したあとで貴方も消してあげるわ」

「そう全部うまくいくと思っているのかな?かな?」

「!?」カオスゲートに、チコラブ。「馬鹿なっ、丙はいったい何をっ…!!」
「ああ、あいつなら…弾幕ってるね。アレで『調停者』か…楽な仕事だな」
「…ふふ。貴方は不利よ?私にはこの女と言う人質がいるのよ?」
槍の穂先を真澄に向ける女性。不敵に笑うチコラブ。
「人質?俺にとっちゃ、居るも居ないも同じだぞ?『調停者』さん」
『チコラブ、貴様っ…!!』「落ち着け、レーニャ。…何か考えがあるんだろう」
「くす…考え?あのガキと私の距離は五歩は離れている…この女を助けるには時間が足りないわ」
くっくっ、と笑う女性。それに対し、肩をすくめるチコラブ。「…どうやら、己の愚かさが判った様ね?」
「んー、君はこれから倒す相手の下調べをちゃんとしてるのかねぇ…?
 あーあ、時間の無駄だよ。時間は無限にあるけれど」
「強がりを言っていられるのも今のうちよ?『魔王』」その一言に、チコラブが笑う。
「強がりかどうかどうかは…僕の力を見て、静かに意識を沈ませてから言う事だよ」

時間停止。時間の流れがゼロならば、どれだけの距離も一瞬で走り去る。
チコラブは走り、真澄とレーニャを抱えて瓦礫の陰に隠し、元の位置に戻る。
勿論、時間を止めたときの状態で。

「全く…どうしてこう、往生際の悪い奴ばかりいるのかしら…」
「全く…どうしてこう、頭の悪い奴ばかりいるんだか…」チコラブが女性の台詞を真似る。
「貴方、人質が居る事を忘れていない?」「人質ってものは殺されそうな奴がいるからこそ言うものだよ?」
「居るからこそ言ってるのよ、見て分からない?この糞ガキ」
「居ないからこそ言ってるんだよ、見て分からないかい?この糞アマ」
「言ってくれるじゃない。今すぐあんたのその余裕ぶち壊してあげるわっ!!」
槍を引っ込め真澄の首があったところを掴もうとするが、空を切り、バランスを崩す。
「あはははははははは!!馬鹿だ〜阿呆だ間抜けだだ〜♪
 だから下調べはちゃんとしたのかって聞いたんだよ?これだから最近の若者はぁ…くくく」
「…ぁぁぁあああ!!」挑発に乗った女性。耳の先まで真っ赤である。
そのまま槍での連撃が繰り出される。
「ぬるいぬるい。全く、これならアンク君のがよっぽどいい攻撃を放ってくれるよ。
 あんたそれでも『調停者』ですかぃ?」軽く攻撃を受け流しながら更に挑発。
「このっ…糞ガキ…がぁっ!!」連撃のスピードをさらに上げる!

「く…乙!大丈…」「おや、あのお嬢を退けたか。もう一人の『調停者』さん」
「…『魔王』…!!」先ほどチコラブに接触してきた男がカオスゲートから出てくる。
「戦るかい?止めといたほうがいいよ。どうせ負けるしさ。
 それより、僕からの伝言を送ってくれないかな?」
「君は…いったい何を考えているんだ?我等が邪魔なら我等を殺せばいいだろう?」
「おいおい…『調停者』さん、死にたいの?僕は殺したくはないんだよねぇ…
 僕からの伝言を持って帰るほうが互いに得策だとは思うけど」
「…要求は?」適わないと判断した『調停者』。
「要求だなんて…まぁとりあえず要求なら三つ。まずこの女の人持って帰って」
気絶している『調停者』の女性を投げ渡す。
「次に…この世界への不干渉。それと以下の伝言を。
 『魔王』は世界を壊すなんて考えの外。楽しく世界と共存するからもーまんたい…ってね」
人差し指を立て、ウインク。『調停者』は軽く頷き
「分かった。だが新しい『調停者』を送らせないという約束は出来ない。いいな?」
「仕方ないなぁ…それじゃあ、道中気をつけて」「…やりにくいな、君を相手にすると」

「ふう…大丈夫?レーニャ、真澄っちゃん」『うむ。おかげさまでな』
「…チコラブさん、いいのか?奴らを敵にまわして…あんた、無事じゃあ済まないかもしれない」
「何をおっしゃる真澄さん。俺とヒュドールのコンビで適わない相手が居るとしたらば…それこそ世界の終焉。
 俺達を倒す事の出来る相手なんて、『無』…あと、俺の知り合いが全員で来る位でないと倒せないって」
「…『無』?」その一文字に真澄が反応する。
「そう。『無』。概念的には辺り構わず存在するけど…物質的には存在し、存在し得ない現象」
「…チコラブさんって時々哲学的な事言うよな」『だが、チコラブの哲学には私も興味があるな』
呆れて呟く真澄の横で、うんうんと頷きながらレーニャが喋る。
「それと、チコラブさん。…『調停者』って言ったよな?…どういう意味だ?」
「…意味なら真澄っちゃんがよく知ってると思ったけども。まあ答えるとしましょう」
「…チコラブさん、殴っていいか?今無性にむかついた」「や〜ん、真澄っちゃんの乱暴もの〜」
少々怒り気味の真澄の言葉に体をくねくねと動かして嫌がるチコラブ。
「えーと、シズマっちゃんの言葉を借りるなら…『オペラハウスの御老人』の走狗。
 …正直に『上』って言ったほうが早いかな?GM権限所有者連中は」
「何でチコラブさんがそれを…!!」『会話ログだ。忘れているな、真澄』
「そ。ここには全フィールドの会話ログが集まるのよ。…ほら、今の会話だって記録されて集積されてる」
「…なるほど、な。だが…参ったな。このままだと解雇されるかも…いや、この仕事続けられないかも…」
「大変だな、真澄っちゃん」『…よくわからんが、がんばれよ。真澄』
「…他人事だと思いやがって、このメスガキ2匹め…」拳を握り締める真澄。

今日も、世界は動いてゆく。