あるRTWPC達 第10話 壊れた器に特異な魂

「…さて。これでよし、と」緑の尻尾を腰辺りから生やした娘が言う。
「それじゃあ、またFD行こうか…」犬耳の少女の声。
「…そういえば最近単独行動多くなったような気が…」声の主は赤い首輪をつけている。
…彼女の名は、チコラブ。男子高校生でありながら、女の子の外見をしたPC。
両手装備武器以外の職業を大体マスターし、シャハルの鏡を所持しているPCである。
また、自分のHPでRTW用のデータベースを公開している。
「え〜と、フェイヨン、フェイヨン、と…」
チコラブはカオスゲートに入っていった。

…荒廃した視界。
「…あっれ〜、おかしいなぁ…」此処はフェイヨンではない。
エリア識別コードを見てみると…「位置表示不能」。
「…えいえんの世界でもない、禁断の聖域でもない…じゃあ、どこなんだろう」
『…貴方が、チコラブか』いきなり声が響く。
銃声が巻き起こり、耳を刺激する。
「…誰だ!?」…保安官の『威嚇射撃』だ。チコラブは注意を声のした方向に向ける。
『貴方に危害を加えるつもりはない』
「っ!?月夜花!?」チコラブが驚く。前に、ナイラというPCと共に戦ったモンスターである。
『ああ。だが、私は本来の月夜花ではない。
 …バグか、ウイルスか。私にも見当がつかん。
 一つ分かっていることは…此処はGMの領域外である、ということだけだ』少女が言う。
「…?領域外って…?
 まさか、『えいえんの世界』以外で知られていない場所!?」
『いや、君たちが普段居るフィールドはRTWという箱庭の中だと思ってくれるなら、こんな表現ができる。
 『えいえんの世界』は橋をふさぐ壁が壊れ、本来行けない筈の其処に行くことができる。
 此処はその箱庭の裏にある箱庭だ。移動手段などない。…分かるな?』
「…つまり、此処はRTWの中でありながらRTWの外、と?」
『ああ。そういうことだ』少女が答える。

「それで、結局此処は何処なんだよ?」
『さあ、私にも分からぬ。私は、気付けばここにいただけだ』
「…カオスゲート通って他のところ行けねぇのか?」
『無理だ。データが変わっているとはいえ、一応私はモンスターなのだからな』
彼女達は、歩いていた。
「…そういえば、名前聞いてなかったっけ」
『名前などない。残念ながら、な。
 私自身何のプログラムか、いや、本当にプログラムなのか分からないのだからな』
やや自嘲気味に言う少女。そこにチコラブが
「付けてやろうか?いい名前があるんだ」
『…ああ。どんな名前だ?』
「レーニャ。…つったって、他のゲームのキャラに付けてる愛称なんだがな」
『…いい名前だな。して、そのゲームとは何だ?興味があるんだが』
「…お前さん、人間臭いねぇ。ま、秘密だ。まあ、付けてた奴も狐だし、それがいいかな、と思っただけだし」
『ははっ、酷い奴だな、貴方は。だが、そこがいい』
「ははっ、お前さんも、口調おかしいわな。奴のあとには貴方とかつかねーぜ?」
『気にするな。一種のくせみたいな──────────』
レーニャは、心臓の鼓動のような音を聞き、一瞬、時間の進行が遅くなったかのように感じた。
「おい、どうした…?」チコラブが怪訝な表情で問う。
『…いや、何か…映像が見えたな。白い天井…白いベッド…紅い血の入った点滴…』
「大丈夫か?座ったほうが良くないか?」
『…そうかも、知れないな。どこかに、座れるところはあるか?』
「ちょっと待ってろ、今、探してくる…」

「…大丈夫か?」レーニャを座らせながら問い掛けるチコラブ。
『ああ、すまない…』少女の顔色が悪い。
痛い少女は何を見たのか。チコラブは聞きたいと思ったが…その言葉はのどの奥へと潜っていった。
『何を見たか、か…?』
「!?」図星を突かれた。「…いや、気分が悪いだろう?無理して話さんでも…」
『白い天井と…白い複の人間を見た。何か慌てているんだ。
 下を向くと、腕から何か管が伸びて…その先に血の入った袋があった。
 横には…何だ?何か妙な箱が…ピー、という耳障りな音を…立てていた』
「…!!」
『暫くして、中年の男女がやってきて…白い服の男に何かを言われ…
 女のほうは泣いていたな。男は慰めてた…』
「…分かった。それだけで…十分だ」チコラブが聞かなければ良かった、という顔で返す。
恐らく。彼女はもはや現世では『過去の人間』となっているのだろう。
『なんなんだろうな…この映像は』
「…俺には、分かったかもしれない。だが、お前さんには…」
『なんなんだ!?その分かったことというのは!?』
…数秒、音がなくなった。そして、…
「…駄目だ。これ以上は…俺からは…言えない。
 非常な現実なんだ。絶えられないかもしれない。
 …今、俺にできることは、多分…お前さんにこのことを言わないことだろう」
『頼む!!気になるんだ!!…私は一体何者なのか、それが知りたいだけだ…』
「…非常な現実だよ。レーニャ…」チコラブが目を拭う。
『…良いんだ。後悔しても良い。私は…私は、一体何者なんだ!?教えてくれ!!』
「…分かった。…お前さんは…もう、『この世』には『居ない』…多分、な」
『…そうか。それだけで十分だ。ありがとう』
「…」これで良かったのか?という顔をするチコラブと憑き物が落ちたようなレーニャの顔。

『なあ、チコラブ。私は貴方に興味があるのだが…』
「え?俺に!?」チコラブが仰天する。「やめとけ、そんな大した人間じゃない」
『それでもいいさ。教えてくれ。RTWの中でも、現実の世界でも良い。
 私は、貴方の評判しか知らないのだから』
「…ああ、うん。そこまで言うんなら、良いか。
 俺はプレイヤーは男だ。RTWの公式ページで…多分書き込み回数だけならトップクラスだろうな」
『…それだけ、話す内容やらが多いんだな』
「RTWじゃ馬鹿を適当に退けたりとか、DOPを狩ったりしているな。
 仲間と適当にMob狩りしてたりもするし…。
 あと、シャハルの鏡を持つPCといわれて結構有名なんだよ」
『ほぅ…。いいものだな』レーニャが笑顔で返す。
「実生活では…まあ、所謂『オタク』という奴かな。ま、学校では一部の奴しか知らんがな。
 学力は理数系は高レベルだが…暗記系はかなり苦手なんだよなぁ…
 ま、いつも勉強してねぇからしょうがないけどな」
『ははは…』苦笑い。

「で、今度は俺から質問させてくれ。…どうやって俺のことを知った?」
『ああ、そのことか。…実を言うとよく分からない。何故知ったかが、な。
 気付いたときには記憶にあった…』
寂しそうな顔をするレーニャ。
「…そうか。ま、無理に思い出そうとしないほうが良いかもな、お前さんは」
『…すまないな』

「じゃあ俺はそろそろ行かせてもらうわ。結構時間も経ったしな」
『すまないな、私の戯言に付き合ってもらって』
「や、別に良いよ」笑顔で返すチコラブ。レーニャも笑顔で答える。
「さて…ん?何だ?これ」よく見ると…カオスゲートの町への移動欄の一番下。空白が選択できる。
『ああ、それは…多分、此処じゃないか?』
「…行ってみっか」空白欄を選択した。眼前に広がるのはさっきと変わらない廃墟の町。
「…なるほど。じゃ、改めて」チコラブはカオスゲートに入ろうとする。
『ああ。…また、来てくれればうれしいよ、チコラブ』
「…俺は『さよなら』は言いたくないんでな。それじゃあ『またな』」
『…ああ』廃墟の街から、一人の人影が消えた。